「君の名前で僕を呼んで」至高のゲイ映画、ハエが意味するものは?

1983年の夏、美しい少年と美しい青年がイタリアの避暑地で出会い、恋に落ちる――。ゲイ映画の傑作と言われる「君の名前で僕を呼んで」。

映像、演出、ストーリー、音楽、全てが素晴らしい映画です。ゲイの社会的な戦いやエイズについては触れず、主人公エリオとオリバーの非常に個人的で秘密の恋を描いています。

友人からオススメされて半信半疑で観てみましたが、結論から言うとここ最近で最も良かった映画です。

あらすじ

あらすじは、1983年の夏、北イタリアの避暑地。主人公エリオ(ティモシー・シャラメ)は大学教授の息子で家族で避暑地に滞在しています。そこに訪れたオリバー(アーミー・ハマー)とエリオの二人はお互い惹かれ合います。

ひと夏の間に二人の恋は燃え上がり、強くお互いに愛し合うようになりますが夏の終りと共にオリバーは帰国、ラストは電話にて物哀しい事実が伝えられます。

音楽が素晴らしい

音楽が素晴らしいです。ラヴェルや坂本龍一、スフィアン・スティーヴンスの音楽が自然に溶け合っています。観た後音楽だけを聞くと情景が頭に浮かび上がってきます。不思議。

予告でも使われているラヴェルの鏡「海原の小舟」はもともと海に浮かぶ小舟がたゆたうイメージでしたが、それが深い感情のうねりのように聞こえます。

痛みを葬るな

ラスト近くで主人公の父親が放つ言葉です。1983年当時、大学教授といえどここまで理解があり真っ直ぐに言葉を掛けられる親は珍しいのではないでしょうか。

父親も若く美しい時代があった、そのときに誰かと出会い、もしかしたらエリオとオリバーのような恋を体験するチャンスもあったのかも知れない。ただ今は結婚し、その結果エリオがいるわけで、今の状況が物語っている。

このシーンが説明臭くて嫌いという人もいますが、個人的には好きなシーンです。

様々なモチーフによる暗喩

「君の名前で僕を呼んで」に登場するハエ、アプリコット、ギリシャ文化などは本作のテーマに深く関わっています。これらを自分なりに読み解いていくのもこの映画の面白いところです。

ギリシャ文化

まず、全体的にギリシャ文化の色が見て取れます。

直接的には大学教授の父親がギリシャ彫刻を専門にしています。発掘をしてギリシャ時代の彫刻を引き上げるシーンや同じくギリシャ文化を研究しているオリバーと議論するシーンがあります。

キリスト教以前のギリシャ文化では、同性愛に対しておおらかで少年との精神的・肉体的な繋がりは認められていました。またローマ時代にギリシャ文化に傾倒していたハドリアヌス帝はアンティノウスというボーイフレンドを公然と連れていたというエピソードもあります。

エリオとオリバーの美しい二人の愛も実にギリシャ的だと思います。

また、主人公家族やオリバーの暮らしぶりもギリシャ的です。彼らは暮らしはメイドに支えられています。母親は精神的に献身的ですが食事を作り毎日の生活を支えているわけでは無いようです。奴隷制に支えられていたギリシャ時代の市民階級のようです。

ハエのモチーフ

この映画は、裏に隠されながら描かれているテーマを紐解くのも面白いです。

例えばハエ。なぜか画面上にハエが写っているシーンが何度かあります。ラストシーンは特に顕著ですね。

映画を撮影するにあたって素人で無い限り「偶然ハエが写り込んでしまった」ということはありえません(そういう偶然性を大事にする監督はいるのかもしれないけど)。

ハエは現代では汚いものの象徴であり、キリスト教世界では悪魔ベルゼブブのシンボルです。ではエリオの身体や二人の関係が汚く邪なものだったという暗喩なのでしょうか?Wikipediaに答えのようなものが書いてありました。

本来はバアル・ゼブル (בַעַל זְבוּל [Ba‘al zəḇûl])、すなわち「気高き主」あるいは「高き館の主」という意味の名で呼ばれていた。これはおそらく嵐と慈雨の神バアルの尊称の一つだったと思われる。 パルミュラの神殿遺跡でも高名なこの神は、冬に恵みの雨を降らせる豊穣の神であった。一説によると、バアルの崇拝者は当時オリエント世界で広く行われていた、豊穣を祈る性的な儀式を行ったとも言われる。しかし、イスラエル(カナン)の地に入植してきたヘブライ人たちは、こうしたペリシテ人の儀式を嫌ってバアル・ゼブルを邪教神とし、やがてこの異教の最高神を語呂の似たバアル・ゼブブすなわち「ハエの王」と呼んで蔑んだという。これが聖書に記されたために、この名で広く知られるようになった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ベルゼブブ

つまり古代、本来は汚いものや悪魔的な要素がなかった、バアル・ゼブルが時代とともに悪魔のレッテルを貼られ嫌われるようになった。

ゲイであることも、ギリシャ時代には健全な行為の一つだったがキリスト教とともに邪悪な行為とされて今にいたる。この映画のハエは古代では良きものが今は邪悪なものとされてしまった象徴だと読み取ることができる。

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